上尾市の概要
埼玉県上尾市は、首都東京から35kmの距離にあり、埼玉県の南東部に位置しています。東は伊奈町と蓮田市に、南はさいたま市に、西は川越市と川島町に、北は桶川市と隣接しています。昭和30年1月1日、上尾町、平方町、原市町、大石村、上平村、大谷村の3町3村が合併し、上尾町となり、3年後の昭和33年7月15日の市制施行で埼玉県上尾市が誕生しました。当時、人口は約3
7,000人でしたが、地理的条件の良さに国の高度経済成長政策も加わり、田園都市から工業都市、そして住宅都市へと急速に発展しました。
平成25年に市制施行55周年を迎え、人口は227,000人を超えています。上尾市では、「あなたに げんきを おくるまち あげお」をスローガンに、新たな時代に向けたまちづくりに取り組んでいます。
上尾市の市指定文化財
上尾の歴史は、市内にある400ヶ所以上の遺跡から、約2万年前の旧石器時代(先土器時代)までさかのぼることができます。発掘された土器や石器からナイフ形石器が出土し、貝塚も発見され、当時の上尾周辺には海があることもわかっています。
平安・鎌倉時代は、日本の歴史上からも「仏教の発展期」といわれていますが、市内の寺院のいくつかはこの時期につくられました。徳星寺は弘仁年中(9世紀初め)、日乗院は元暦2年(1185年)、少林寺は正応年中(13世紀末)までに創建された、と寺伝に記されています。
・徳星寺
徳星寺の「大カヤおよび暖帯林は、記念物・天然記念物とされています。
東高野山徳星寺は、もとは真言宗に属し、寺伝によれば弘法大師(空海)の創建によるとされており、大カヤは弘法大師が自ら植えたものとされています。永禄6(1563)年に天台宗に宗旨を替えたということです。
「大カヤおよび暖帯林」は、境内の東寄りに自生する単木の大カヤとその周辺一帯の林叢(りんそう)です。大カヤは幹周り約5.5m、樹高約21.8mで、樹齢は7から800年以上と推定されています。根の一部が露出して一枚の板状になっていて非常に珍しいものです。なお、徳星寺には、この他「家康朱印状等古文書」(市指定文化財)があります。
・日乗院
日乗院は西光山長福寺と号する新義真言宗の寺院で、江戸時代には将軍から寺領10石の朱印状を与えられています。
日乗院には多くの仏像が蔵されているが、本尊の十一面観世音菩薩立像は寄せ木造りで、市指定文化財になっています。享保4(1719)年に仏師藤原吉典により制作されたことが明らかになっています。江戸時代の作であるが、鎌倉様を受け継ぐ均整のとれた美しい仕上がりとなっています。
また、同寺の住職星野家には、絹本着色不動明王図という絵画が所蔵されており、これも市の指定文化財になっています。作者は不詳。室町時代の作と推定され、中世仏画は市内にはわずかしか残されていないので、大変貴重なものです。
・少林寺
少林寺は臨済宗の寺院で、神奈川県鎌倉市にある円覚寺の末寺です。文化3年の火災を免れた山門は、現在市指定の文化財。礎石に寛文11(1671)年の銘があるが、建築年を示す銘文のある山門は少なく、建築様式を示す建物としても貴重となっています。
人の歴史
その土地、土地には、長い年月をかけて作り上げられた歴史があります。今こうしている時間も過去となり、歴史のひとつになっています。
人の歴史もまた、その土地に残され語り継がれていきます。
葬儀という最後のお別れをしたとしても、心にある故人の歴史を忘れることはないでしょう。葬儀というのは、故人の歴史として最後の締めくくりともなります。
故人が望んでいた葬儀のタイプがあれば極力、故人の望みを叶えた葬儀を行えるとよいでしょう。
また、残されたご遺族は、故人のよき思い出として最後のお別れである葬儀を故人とご遺族の望む形で行えることが理想とされています。
葬儀社というのは、様々なご意見ご要望をお聞きし、最善の葬儀の手配をいたします。