川越市の葬儀会社・葬儀場・火葬場を探す
川越市の葬儀事情
川越市は人口約35万人(平成25年現在)の中核市で、埼玉県内では、さいたま市、川口市に次いで第三位の人口。死亡者数は年間2936人(平成24年)。死亡者数は、ここ10年で1.5倍と増加傾向にある。
死亡者数と比例し、火葬場の需要が増え続けており、現在、川越市では斎場の老朽化も手伝い、新斎場建設に取り組んでいる。
平成29年開設予定。
川越市の葬儀会社・葬儀場・火葬場の口コミ
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安心できました
- 総合評価
- 4.00
- 担当者対応
- 5
- 飾り付け
- 4
- 料金設定
- 3
落ち着いた進行に安心できました。丁寧に扱っていただいたと存じます。
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丁寧なご葬儀をしていただきました
- 総合評価
- 4.00
- 担当者対応
- 4
- 飾り付け
- 4
- 料金設定
- 4
近所の葬儀屋さんをいくつか調べて、ここにしました。以前、別の葬儀屋さんに頼んだことがあったのですが、そこと比べると安くできました。また、対応も丁寧で好感が持てました。わからないこともその都度スタッフに聞いて、無事に終えることができました。
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丁寧な葬儀だった
- 総合評価
- 3.67
- 担当者対応
- 4
- 飾り付け
- 4
- 料金設定
- 3
葬式スタッフの態度がよく、大変ありがたかった。
葬儀なのでお金が掛かるものだろうが、スタッフの質は高かったと思う。
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母も喜んでくれていると思います
- 総合評価
- 3.33
- 担当者対応
- 4
- 飾り付け
- 3
- 料金設定
- 3
川越では老舗の葬儀社だとは思いますが、司会が素晴らしかったです。また、スタッフの皆様には多大な心遣いをいただいて、心が安らぎました。母を大切に扱ってくれて、ありがとうございました。
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いい葬儀社さんだと思います
- 総合評価
- 4.00
- 担当者対応
- 5
- 飾り付け
- 4
- 料金設定
- 3
家族葬希望で、思い描いていた通りの葬儀ができました。
不要なサービスを押し付けられるようなこともなく、安心して葬儀に臨めました。
川越市の歴史・墓石
葬儀・葬式というのは、故人へのお別れの儀式です。お別れをした故人の亡骸は、お墓という地に眠りにつくことになります。
長い歴史の中から、この風習は日本各地(世界各地)において行われ続けています。
江戸時代に川越城の城下町として繁栄したことによって、”江戸のように栄えた町”として小江戸と呼ばれる様になった川越市。
長い歴史の中では、有名な物語もあり、著名人が眠りについている墓地もあります。ここでは、歴史ある川越市の墓地について触れていきたいと思います。
<川越市の古墳>
川越市の歴史をたどると、数々の古墳が残されています。市域のほとんどは武蔵野台地にありますが、縄文時代には、遠浅の内海で漁労を立証しており、最北端の古東京湾の貝塚である打製石斧なども出土しています。
古墳時代になると、仙波古墳群、下小坂古墳群、的場古墳群、南大塚古墳群など古墳が築かれるようになり、小仙波古墳群の三変稲荷神社古墳は4世紀の方墳で埼玉県内最古の古墳の1つです。
<川越市喜多院斎霊殿>
歴史ある川越市は観光地としても有名です。川越大師と親しまれ、初詣や名物だるま市には境内を埋め尽くす程の人で賑わう見所がたくさんある喜多院は、観光スポットの一つであり、多くの長き歴史を持っています。
喜多院境内より少し離れた場所に、墓地「喜多院斎霊殿(きたいんひとしれいでん)」(閻魔堂・えんまどう)」(埼玉県川越市小仙波町1-10-1)があります。立派な斎霊殿の裏には、川越市の史跡に指定されている3つのお墓があります。
・小河原家の墓
川越藩種「松平大和守家」の初代・直基(なおもと)の時代より代々家老を務めた小河原一族。6基の墓がすべて史跡として指定されています。
七代政甫(まさすけ)は、松平斉典全(なりつね)、典則(つねのり)が藩主の時、家老として仕えている。その墓には、家老としての事跡が記されています。それは、幕末時の川越藩の動向を知る貴重な史料となっています。
黒船来航時、川越藩は裏が警護の中心になったが、その時の指揮を政甫がとっている。
・西川練造墓
家は代々武蔵入間郡で医を開業。清川八郎などと交流し、志士として打倒幕府の尊攘(そんじょう)運動家として活躍した人物。発覚文久元年12月14日、55歳、獄死。墓石は、建墓150年の歴史を感じさせる佇まいで、墓碑銘は、清川八郎が書いたと言われています。
・高林謙三墓
幕末に川越で外科医をしていた高林謙三は、明治になり、医師を辞め私財を投じて三種の製茶機械を発明した人物。明治18年、専売特許が施行されると直ちに出願し、特許を得た「生茶葉蒸器械」「製茶摩擦器械」。民間発明家としては日本初の特許所得者。その後も特許を得た高林謙三の発明器械は、「高林式製茶機械」の名前で現在でも、全国の製茶工場で使われています。
終わりに
歴史ある川越には、このように有名な方が深き長い永遠の眠りについています。葬儀・葬式というのは、形を変えていても、人が生き死ぬ中で行われている大切な儀式です。そして、永遠の眠りにつく場としての墓地も大切な場所です。
悲しきお別れではあるけれど、最大限の愛や情を故人に伝えていけるよう、当サイト「埼玉お葬式窓口」では、できる限りのお手伝いをしていきます。
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